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祇園祭の原点は「いのちを守る」こと

2026.07.09

京都祇園祭 山鉾巡行

京都の夏を彩る祇園祭と聞くと、山鉾(やまほこ)巡行や祇園囃子、宵山のにぎわいを思い浮かべる人も多いのではないでしょうか。 その始まりは、「疫病退散」への祈りです。 1100年以上前、目に見えない病に苦しめられた人々が、どうにかして災いを鎮め、命を守りたいと願ったことから始まった祭りでした。現代の私たちは、感染症や熱中症などのリスクについて、科学的な知識をもとに備えることができます。では、祇園祭に込められた「いのちを守る」という願いは、今を生きる私たちに何を教えてくれるのでしょうか。 

疫病に苦しんだ都で始まった祈り

祇園祭の始まりは、平安時代初期の貞観11年(869年)にさかのぼるとされています。 当時京の都では、疫病が広がり、多くの人々が命を落としていました。その病が何であったのかを現代の医学で正確に特定することはできませんが、赤痢(せきり)などの痢病(りびょう)、天然痘(てんねんとう)、麻疹、インフルエンザなど、さまざまな感染症の可能性が指摘されています。 病気の原因がまだ分かっていなかった時代、人々は疫病を怨霊や疫神によるものと考え、恐れていました。 そこで、平安京の神泉苑に66本の矛を立て、災厄を祓うための「御霊会」が行われました。 この「祇園御霊会」が、現在の祇園祭につながる原点とされています。66本の矛は、当時の日本の国の数にちなんだものとされ、疫病や災いを集めて祓うための依り代としての意味を持っていました。今のように病原体や感染経路を科学的に説明できなかった時代。それでも人々は、都を守るため、地域で力を合わせて目に見えない脅威に向き合っていたのです。 

 

京都の暑さと、疫病が広がりやすかった環境

当時、疫病が広がりやすかったのには、環境も関係していたと考えられています。京都は三方を山に囲まれた盆地で、夏は蒸し暑さがこもりやすい土地です。さらに、平安京には多くの人が集まりましたが、上下水道などの衛生環境は現代のように整っていませんでした。生活排水や飲み水の問題が重なることで、感染症が広がりやすい状況が生まれていたと考えられます。 もちろん、当時の人々に現代医学の知識はありません。それでも、疫病への恐れを共有し、祭礼という形で地域全体が祈り、向き合っていたことは、現代の公衆衛生にも通じる姿勢といえるかもしれません。 

粽(ちまき)疫病・災難除けを祈願する伝統的なお守り

厄除け粽に込められた「備え」の心

祇園祭でよく知られるものの一つに、厄除け粽(ちまき)があります。この粽は食べるものではなく、玄関先などに飾り、災厄を避けるためのお守りとして受け継がれてきました。 そこには、八坂神社の祭神であるスサノオノミコトと、蘇民将来(そみんしょうらい)の伝説が関わっています。 旅の途中、宿を求めたスサノオを、貧しいながらも手厚くもてなした蘇民将来。その行いに対し、スサノオは「子孫を守る」と約束したと伝えられています。 「蘇民将来子孫也」と記された護符が付いた粽には、災いから身を守りたいという願いが込められています。現代の私たちに置き換えるなら、手洗いやうがい、換気、体調管理、熱中症対策といった日々の行動もまた、自分や家族を守るための“備え”です。昔の人が粽に願いを込めたように、私たちは科学的な知識をもとに、具体的な予防行動を積み重ねることができます。 

山鉾はなぜ、あれほど華やかなのか

鯉山(後祭に巡行)

京都は、シルクロードの終着点のひとつとも考えられ、古くから国内外の文化や文物が集まる都でした。そうした東西の文化の重なりは、山鉾の装飾にも表れています。たとえば鯉山には、16世紀のベルギー製タペストリーが飾られるなど、山鉾には世界とつながってきた京都の歴史が息づいています。 

では、なぜ疫病退散を願う祭りに、これほど華やかな装飾が必要だったのか。その理由の一つに、山鉾が疫神や災厄を引き寄せる「依り代」として考えられていたことが挙げられます。 ※依り代(よりしろ)とは、神霊や魂などの目に見えない存在が一時的に憑依(ひょうい)する、または宿る場所や物のことです。祇園囃子の音色、きらびやかな装飾、都大路を進む大きな山鉾。その華やかさは、人々を楽しませるためだけではなく、目に見えない災いを集め、祓い清めるためのものでもありました。 室町時代以降、力をつけた京都の町衆は、自らの経済力や美意識を注ぎ込み、山鉾をより大きく、より美しくしていきました。世界各地からもたらされた品々をまとった山鉾は、町の誇りであると同時に、見えない脅威に対して、地域が持てる力を尽くして向き合う祈りの具現化でもあったのです。 

 

祇園祭は、時代に合わせて変わってきた

祇園祭は、長い歴史を持つ伝統行事ですが、変化してきた祭りです。明治時代には、コレラの流行により、祭礼の日程が変更された記録も残っています。 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の流行によって、祇園祭も大きな影響を受けました。2020年には、山鉾巡行や神輿渡御、宵山の露店など、多くの人が集まる行事が中止となりました。一方で、八坂神社での神事は関係者のみで執り行われるなど、祭そのものが完全に途絶えたわけではありません。翌2021年も、大規模な山鉾巡行は見送られましたが、技術継承を目的に一部の山鉾建てが行われ、京都の町に山鉾の姿が戻りました。  

近年は、京都の厳しい暑さに対応する取り組みも進んでいます。山鉾巡行や宵山を訪れる人だけでなく、祭りを支える人たちにも、熱中症対策は欠かせません。祇園祭は、伝統を守りながら、人の命と健康も守ってきました。その歴史をたどると、時代に合わせて変化してきた姿が見えてきます。 

現代の「厄除け」は、体を守る備え

原点にあるのは、目に見えない脅威から人々を守りたいという願いです。平安時代の人々は、矛を立て、祈りをささげることで疫病退散を願いました。現代の私たちは、医学や科学の知識をもとに、より具体的な備えをすることができます。

宵山や山鉾巡行では、長時間屋外で過ごすこともあります。人混みの中では、思っている以上に体力を消耗します。だからこそ、こまめな水分補給、日差しを避ける工夫、体調がすぐれないときは無理をせず人混みを避けること。そうした小さな判断の積み重ねが、自分自身や大切な人を守ることにつながります。

前祭の宵山に出かける際は、山鉾の場所や周辺情報を事前に確認し、無理のない予定を立てておくと安心です。

前祭 祇園祭宵山ガイド2026

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山鉾の場所や周辺情報を確認できます。

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1100年続く祭りが教えてくれること

祇園祭は、疫病に苦しんだ人々が、命を守りたいと願った歴史があります。そして長い年月の中で、祭りはその時代ごとの課題と向き合いながら、形を変えて受け継がれてきました。健康をどう守るか。地域でどのように支え合うか。祇園祭の原点をたどると、そこには現代にも通じる問いがあります。

この夏、山鉾を見上げるとき。祇園囃子に耳を澄ませるとき。その奥にある「いのちを守る」という祈りにも、思いを巡らせてみてはいかがでしょうか。

参考資料・出典

祇園祭の歴史と起源
八坂神社「祇園祭の由来」、神泉苑「祇園御霊会」、遠藤由起『祇園祭と疫病』(日本大学大学院論文)、国立国会図書館 電子展示会「祇園祭」、八坂神社「蘇民将来伝説と粽の由来」、京都市観光協会(京都観光Navi)「厄除けちまき基礎知識」

文化・装飾と国際交流
公益財団法人祇園祭山鉾連合会「山鉾について」、鯉山保存会「鯉山のタペストリー」、Catherine Pawasarat “GionFestival.org”

感染症と公衆衛生
KBS京都「祇園祭の変遷」、京都市「文化史28 祇園祭 祭礼篇」、京都府感染症情報センター「最新週報(2026年第26週)」、京都市感染症情報センター「感染症発生動向調査」、厚生労働省「家庭での食中毒予防」、京都府「露店での食品調理を行う皆様へ」

気候特性と熱中症対策
安成哲三ほか「京都市の熱中症搬送者数変動は何で決まっているか」(日本気象学会)、京都市「令和8年度 熱中症予防の取組」、京都市「クーリングシェルター(指定暑熱避難施設)一覧」、京都市上下水道局「無料給水スポット検索マップ:京スマ」

祭礼安全ガイド
京都市観光協会公式YouTube「祇園祭ライブカメラ」、Stroly「前祭 祇園祭宵山ガイド2026(デジタルマップ)」、京都レントオール「夏祭りの安全対策ガイド」、京都市消防局「祇園祭期間中の消防警備」

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