食べられなくなったとき、家族はどうすればいい?
2026.07.07
「食べる」ことは、私たちにとって、栄養を取るだけでなく、生きる喜びにもつながる大切な行為です。しかし、年齢を重ねる中で、家族や身近な人が食事を取れなくなったとき、それは単なる栄養不足の問題ではなく、これからの生き方や医療・ケアの方針を考える大きな節目になることがあります。
日本では、死や最期について語ることを避ける傾向があります。そのため、本人の思いを事前に共有できていないまま、いざというときに家族が大きな迷いの中で判断を迫られることも少なくありません。
ご飯が食べられなくなったとき、すぐに決めなくてもいい
高齢の方が食事を摂れなくなると、ご家族は「一刻も早く何とかしなければ」と強い焦りを感じるものです。私たち医療者も、病院で「点滴をしますか」「胃ろうを作りますか」といった選択をお願いする場面があります。※胃ろうとは、おなかの皮膚から胃へ直接通じる小さな穴を作り、チューブを通して栄養剤や水分を補給する処置のことです。専門的には「PEG(ペグ)」とも呼ばれます。口から十分な栄養が摂れなくなった際、長期的に命を支え、体力の低下を防ぐための一つの手段として検討します。
ただし、「食べられない=すぐに胃ろうや点滴などの代替栄養を選ぶ」という単純な話ではありません。急いで出した答えが、後になって「こんなはずではなかった」という後悔につながることもあるからです。大切なのは、その状態が、適切な治療によって再び食べられるようになる「回復可能なもの」なのか、あるいは加齢に伴う老衰や廃用、つまり体を動かす機能が少しずつ低下していく流れの中にあるのかを、冷静に見極めることです。
焦って一度に決めてしまわず、まずは現状を正しく把握することから始めていただきたいと思います。
まず大切なのは「医学的な見立て」
「食べられない」という状態の背景には、さまざまな原因が隠れています。私たち医師が最初に行うのは、その原因が「治療できる病気」かどうかを判断する医学的な見立てです。
例えば、肺炎や尿路感染症などの感染症、心不全、服用している薬の影響などによって、一時的に食欲が落ちている場合があります。複数の薬を服用していることで体に負担がかかり、食欲や意欲が低下していることもあります。こうした原因がある場合は、治療や薬の調整によって、再び自分の口から食事を取れるようになる可能性があります。また、これまでの生活の変化を振り返ることも重要だと考えています。
いつごろから足腰が弱ってきたのか、どのような出来事をきっかけに食事量が減ったのか。こうした経過をたどることで、「今、本人は人生のどの段階にいるのか」を、家族と私たち医療職が共有しやすくなります。フレイルと呼ばれる、要介護になる前の虚弱な段階であれば、早めのリハビリや栄養管理によって、状態の悪化を防げる場合もあります。
本人は「どう生きたいのか」を考える
医学的な状況が把握できたら、次に考えたいのは「本人の意思」です。しかし、認知症が進んでいる場合や、病状によって意思を言葉で伝えることが難しい場合も少なくありません。そんなときに大きな手がかりになるのが、その人の「人生のストーリー」です。
元気だったころは、どのような性格だったのか。
家族とどのように関わってきたのか。
仕事にどんな誇りを持っていたのか。
趣味や好きな食べ物、大切にしていた言葉は何だったのか。
どのような価値観を持って暮らしてきたのか。
こうした情報を一つ一つひも解くことで、「もし今の状況を本人が知ったら、どうしたいと言うだろうか」という推定意思を考えることができます。
誤嚥性肺炎の人が100人いれば、その背景には100通りの人生のストーリーがあります。本人が意思を伝えられないとき、その人の好きなものやこれまでの生き方を知ることは、ケアの方向性を決める大きな羅針盤になります。家族しか知らない「その人らしさ」を、ぜひ私たち医療職に聞かせてください。
ある95歳の女性の例では、長く生きることよりも「ご飯と梅干しが食べたい」「胃に穴を開けたくない」という本人の思いを尊重し、胃ろうを作らず、無理のない範囲で好きなものを食べるケアを選択されました。その結果、穏やかな最期を迎えられ、家族も納得して見送ることができたと感じています。
胃ろうや代替栄養は「する・しない」だけで考えない
「胃ろう」と聞くと、「無理な延命ではないか」と否定的に捉える方もいれば、「命をつなぐために必要なもの」と考える方もいます。しかし、胃ろうそのものが「良い・悪い」というわけではありません。大切なのは、それが本人にとってどのような意味を持つのかを考えることです。私は、胃ろうを導入することで本人が穏やかに過ごせる「ハッピーな胃ろう」になるのか、あるいは苦痛を伴うだけの「アンハッピーな胃ろう」になるのかを考えることが重要だと考えています。
ハッピーな胃ろうにつながる要素としては、本人の希望に沿っていること、リハビリによって再び口から食べられる可能性があること、住み慣れた施設や自宅に戻れることなどが挙げられます。一方で、本人の意思に反している場合や、意思疎通が難しく苦痛な延命になる可能性が高い場合は、慎重に考える必要があります。
胃ろうを単なる延命処置と捉えるのではなく、QOL(生活の質)を上げるための道具として考えられるかどうかがポイントです。栄養を少し補うことで、大好きなおやつをまた楽しめるようになるかもしれません。その方の状態に合わせ、治療の方針を柔軟に検討していく姿勢が大切だと考えています。
実際に、60代の女性の例では、胃ろうで栄養を補うことで体力が回復し、大好きだったアイスクリームを「おいしい」と楽しめるようになり、生活の質が向上したケースもあります。単に「長く生きること」を目指すのではなく、「本人らしく過ごせるかどうか」。そのバランスを、医療職や介護職と一緒に考えていくことが大切だと思います。
ひとりで決めない。一度に決めない
人生の最終段階における医療やケアの方針を、本人、家族、医療・介護チームが繰り返し話し合うプロセスのことを、ACP(アドバンス・ケア・プランニング)といいます。日本では「人生会議」とも呼ばれています。
ACPで大切なのは、「ひとりで決めない」「一度に決めない」ことです。
本人の状態も、支える家族の気持ちも、時間の経過とともに変わっていくのが自然です。そのときどきの状況に合わせて対話を重ね、治療やケアの方針を柔軟に見直していくことが大切です。
迷ったり、不安になったりしたときは、主治医、看護師、地域のケアマネジャー、施設の職員などに、ぜひ相談してください。専門職は、医学的なデータだけで判断するのではなく、家族の思いや本人の物語も大切にしながら、一緒によりよい選択を考えるパートナーでありたいと思っています。食べられなくなったときに、すぐに正解を出す必要はありません。大切なのは、本人がどのように生きてきたのか、そしてこれからをどう過ごしたいのかを、家族と専門職が一緒に考えていくことだと思います。
洛和会音羽病院 総合内科・連携医療科
専門 内科、消化器内科
碓井 文隆(うすい ふみたか)
専門医認定・資格など
日本内科学会総合内科専門医
日本消化器病学会消化器病専門医
日本消化器内視鏡学会専門医
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