産後の体にやさしい骨盤ケア
2026.10.13
妊娠・出産を経験すると、体は大きく変化します。時間とともに回復する部分もありますが、すべてが妊娠前と同じ状態に戻るとは限りません。体の変化を知り、今の状態に合ったケアをすることが、産後を健やかに過ごす第一歩です。なかでも大切な役割を担っているのが、骨盤の底にある「骨盤底(こつばんてい)」です。骨盤底がうまく働かなくなると、不調が起こることがあります。
骨盤底がうまく働かなくなる不調
- 尿もれ、頻尿
- 排便のしにくさ
- 骨盤まわりの違和感や痛み
骨盤底機能障害とは
上記のような不調は「骨盤底機能障害」といいます。これは筋肉が弱くなった状態だけを指すわけではありません。うまく収縮できない場合もあれば、緊張しすぎて緩められない場合もあります。大切なのは筋肉の強さだけでなく、必要な場面で骨盤底が適切に働くことです。
骨盤底の問題は、出産を経験した人や高齢の方だけのものでもありません。子どもの排尿・排便の悩みに関係することもあります。妊娠・出産、更年期、加齢など、人生の段階に応じて骨盤底を取り巻く環境は変わっていきます。骨盤底を知ることは、今の不調に気づくだけでなく、生涯にわたる体のケアにもつながります。
体を下から支える「骨盤底筋」
骨盤底筋は、骨盤の底にハンモックのように広がる複数の筋肉の集まりです(骨盤底筋群」ともいいます)。主な役割は次の3つです。
- 膀胱・子宮・直腸などの骨盤内臓器を下から支える
- 尿や便をためたり、出したりするのを調整する
- 体幹(胴体の中心部)を安定させる
また、出産のときには、赤ちゃんが産道を通れるように大きく伸びる必要があります。
妊娠で起こる体の変化
妊娠すると、ホルモンの影響で骨盤を支える靭帯などが緩みやすくなります。骨盤まわりの関節が動きやすくなり、体の安定性も変わります。おなかが大きくなるにつれて、腹直筋(腹部の中央を縦に走る筋肉)が左右に引き伸ばされ、筋肉の間が広がります。これは「腹直筋離開」と呼ばれる、妊娠中に起こる自然な変化です。体の重心も前上方へ移ります。バランスを取ろうとして、次のような変化が起こりやすくなります。
- 骨盤が前に傾く
- 腰の反りや背中の丸まりが強くなる
- 姿勢や歩き方が変わる
妊娠中は、骨盤だけでなく、おなかの筋肉や全身が赤ちゃんの成長に合わせて変化しているのです。赤ちゃんが産道を通るとき、骨盤底筋は赤ちゃんの頭が通れるように大きく引き伸ばされます。出産による体への負担は、赤ちゃんの大きさや分娩の経過によって異なります。吸引分娩、鉗子分娩、会陰切開、会陰裂傷などで、骨盤底筋や周囲の組織に影響が出ることもあります。帝王切開の場合でも、妊娠中の体の変化は同じように経験します。分娩方法にかかわらず、産後の体の状態を知り、必要に応じてケアすることが大切です。出産後、体は時間をかけて少しずつ回復します。
- 筋肉や周囲の組織に変化が残ることがある。
- 妊娠中に身についた姿勢や体の使い方が、産後も続くことがある。
- 授乳、おむつ替え、抱っこなどで、前かがみや左右に偏った姿勢を繰り返す機会が増える。
その結果、腰や骨盤まわりの痛み、背中のこり、肩こり、膝や手首の痛み、尿もれなどが出ることがあります。背景には、姿勢の崩れ、筋力の低下、関節まわりの硬さ、ホルモンバランスの変化、育児動作による負担などが考えられます。産後は、ただ回復を待つのではなく、今の体の状態を知り、日常生活に合わせて体を「再適応」させていくことが重要です。
骨盤リハビリテーション
骨盤底筋を意識して動かす方法を「骨盤底筋訓練」といいます。英語では Pelvic Floor Muscle Training 略して PFMT と呼ばれます。洛和会音羽病院では、この骨盤底筋訓練を含む取り組みを「骨盤リハビリテーション」と呼んでいます。尿漏れ予防の改善効果が期待できます。また、骨盤臓器脱(膀胱や子宮などが下がってくる状態)の場合も、症状や体の状態に応じて取り入れられることがあります。
骨盤リハビリテーションの目的は、強い筋肉をつくることだけではありません。咳やくしゃみ、重い物を持ち上げるときなど、おなかに力がかかる場面では、骨盤底筋がしっかり働く必要があります。一方、排尿や排便のときには、骨盤底筋を緩める必要があります。筋力だけでなく、締める(収縮)と緩める(弛緩)を場面に応じて切り替えられる「しなやかな骨盤底」が大切です。
理想的な骨盤底
- 必要なときに締められる
- 必要なときに緩められる
- 呼吸に合わせて動かせる
- 姿勢や体の動きに合わせて適切に働く
骨盤底筋と呼吸の関係
骨盤底筋は、ふだんの呼吸に合わせても動いています。
息を吸う▶横隔膜が下がり、骨盤底も下がる方向に動きます。
息を吐く▶横隔膜が上がり、骨盤底も元の位置へ戻る方向に動きます。
横隔膜と骨盤底筋は、呼吸に合わせて協調して働いているのです。出産で骨盤底筋が大きく引き伸ばされたり、周囲の組織に影響が出たりすると、収縮する力や、ほかの筋肉と協調する働きが変わることがあります。そのため骨盤リハビリテーションでは、強く締めるだけでなく、呼吸や体の動きに合わせて適切に締め、緩められるように練習することが重要です。
産後の運動は、回数や強さを競うものではありません。呼吸を止めず、体の反応を確かめながら、心地よく動ける範囲で行いましょう。産後の回復には個人差があります。出産直後の場合や治療中の場合、帝王切開の傷や会陰の傷が治っていない場合は、自己判断で運動量を増やさないでください。
次のような症状があるときは、運動をやめて医療機関に相談してください。
- 痛みが強くなる
- 出血が増える
- 傷のまわりに強い違和感がある
- めまい、息苦しさ、動悸がある
- 尿もれや、骨盤が下がる感覚が強くなる
- 足の腫れや痛みがある
- 体調がいつもと明らかに違う
体調が安定していても、最初は小さな動きから始めましょう。
育児中の姿勢も骨盤ケアの一部
運動のときだけ姿勢に気をつけても、授乳や抱っこで体に負担のかかる姿勢が続けば、腰や肩、手首の不調につながることがあります。「座って抱っこするとき」「立って抱っこするとき」「床から立ち上がるとき」の3場面について、負担を減らすポイントを紹介します。
座って抱っこするとき
- クッションを使う:赤ちゃんの位置が高くなり、前かがみになりにくくなります。
- 足を何かに乗せる:足台などに足を乗せます。
- 低めの椅子に座る:目安は、自分の膝より低い椅子です。
座ったら、背もたれにしっかりもたれましょう。背中は軽く丸めて構いません。腕や背中だけで赤ちゃんを支えようとせず、背もたれに体を預けることで、負担を減らせます。
立って抱っこするとき
- 手首ではなく、腕で支える
- 背中が反ったり、丸まったりしないように注意する
とくに腰が反ると、腰に大きな負担がかかります。赤ちゃんの重さを支えようとして、骨盤を前へ押し出し、腰を反らせてしまいがちです。赤ちゃんを体の近くで支え、頭から腰までが無理なくまっすぐ立つ姿勢を意識しましょう。
赤ちゃんを抱いたまま、勢いだけで立ち上がると、腰や膝、骨盤底に強い負担がかかります。次の手順で行いましょう。
床から立ち上がるとき
1. 赤ちゃんをしっかり体に引き寄せる:膝立ちの姿勢で、赤ちゃんを胸の前に抱きます。
2. 片足を立てる:片膝を床についたまま、反対側の足を前へ出し、足の裏を床につけます。
腰だけで持ち上げないようにしましょう。
今日からできる骨盤ケア
妊娠・出産によって、骨盤底をはじめとする体の状態は大きく変わります。産後のケアでは、筋肉をやみくもに鍛えるのではなく、今の体の状態に合わせて取り組むことが大切です。まずは、次のような小さなことから始めてみましょう。
- 呼吸に合わせて骨盤底を緩める
- 締めたあとは、しっかり力を抜く
- 座って抱っこするときは、クッション、足台、低めの椅子を使う
- 立って抱っこするときは、手首ではなく腕で支える
- 床から立ち上がるときは、赤ちゃんを引き寄せ、片足を立ててから、脚を使う
- 痛みのない範囲で、肩・背中・股関節を動かす
- 疲れている日は運動を休む
尿もれ、排便のしにくさ、骨盤まわりの痛みや違和感、膣から何かが下がってくる感覚などが続く場合は、一人で抱え込まず、産婦人科、泌尿器科、専門外来、理学療法士などに相談してください。骨盤ケアは、強く鍛えることだけではありません。呼吸し、緩め、必要なときに支えられる体を少しずつ取り戻していくことが、産後の生活を支えるケアにつながります。
洛和会音羽病院
産婦人科医師 福谷 優貴
専門・資格
日本専門医機構認定産婦人科指導医
日本がん治療認定医機構がん治療認定医
日本産婦人科内視鏡学会技術認定医
内視鏡外科学会技術認定医
ダ・ヴィンチ コンソール術者(Certificate保有)
母体保護法指定医
J-MELSベーシックコース インストラクター
JALA主催「無痛分娩の安全な診療のための講習会(カテゴリーA・B)」受講終了
日本女性医学学会女性ヘルスケア指導医
洛和会音羽病院 リハビリテーション部
理学療法士 藤岡 咲
専門・資格
認定理学療法士(運動器)
日本ウィメンズヘルス•メンズヘルス理学療法学会主催
骨盤底理学療法レベルI、Ⅱ、ⅢA、ⅢB修了
産前産後理学療法レベルI、II、ⅢA修了
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