写真提供:一般財団法人全日本ろうあ連盟 スポーツ委員会
2025年、東京デフリンピック。音のない世界で行われるその祭典で、日本中を感動の渦に巻き込んだ双子のヒロインがいます。女子バレーボール日本代表として見事金メダルを獲得した、梅本綾也華さん(姉)と梅本沙也華さん(妹)です。 今回、洛和会ヘルスケアシステム理事長特別顧問である竹中洋先生をお迎えし、『RAKU』編集長の海野裕が、彼女たちの勤務地である京都市伏見区「株式会社モリタ製作所」を訪問。手話通訳を介して語られた勝利の軌跡、そして彼女たちが願う「本当にやさしい社会」について、じっくりとお話を伺いました。
Instagram@ayaka_u0114より(左)梅本沙也華さん(右)梅本綾也華さん
プロローグ:扉の向こうの「普通の女性たち」
京都市伏見区。酒蔵の街としても知られるこの地に、歯科医療機器の世界的メーカー「株式会社モリタ製作所」の本社工場はあります。 通された応接室で、私と竹中先生は彼女たちの到着を待っていました。 扉が開き、関係者の方に導かれて二人の女性が入室してきました。
「こんにちは!」
関係者の方と共に現れたのは、工場の制服に身を包んだ、ごく普通の女性たちでした。 梅本綾也華さんと沙也華さん。バレーボール選手といっても決して大柄ではなく、街中ですれ違っても、彼女たちが世界の強豪をなぎ倒した金メダルアスリートだとは気づかないかもしれません。
「はじめまして、今日はよろしくお願いします」
彼女たちは私を真っ直ぐに見つめ、ぺこりと頭を下げました。隣に座る手話通訳の方が、彼女たちの言葉を音声にして届けてくれます。 一卵性双生児ならではの息の合った笑顔を向けられた瞬間、私は彼女たちの持つ「静かなる強さ」に引き込まれていました。
海野 裕(以下、海野):本日はお忙しい中、社内の素敵な応接室にお招きいただきありがとうございます。そして、デフリンピックでの金メダル、本当におめでとうございます。 私たち洛和会は、パーパスとして「やさしい社会を創造する。」を掲げています。医療や介護の現場で技術を磨くことはもちろんですが、それ以前に「やさしさとは一体何なのか?」を常に問い直したいと考えています。障がいのある方、様々な背景を持つ方……まずは相手を「知る」ことが、やさしい社会への第一歩です。今日は金メダリストとしてだけでなく、伏見で働く一人の生活者としての「生の声」をお聞かせください。
梅本綾也華(以下、綾也華):私たちも、こうしてお話しすることで「聞こえない人」のことを知っていただけるのはとても嬉しいです。よろしくお願いします。
海野:緊張せず、リラックスしてお話しくださいね。そこにある洛和会公式キャラクター「らくの助」のぬいぐるみも、ぜひリラックスのお供に(笑)。
梅本沙也華(以下、沙也華):(手渡されたぬいぐるみを手に取りながら)ありがとうございます。
海野:これ「らくの助」っていうんですけど、形がちょっと……クマっぽいかな? 手作り感があっていいでしょう(笑)。
沙也華:(ぬいぐるみを見て微笑む)
通訳の方の声を介して笑い合う。音と言葉が少しずれて重なるその空間で、インタビューは静かに始まりました。
(奥)梅本沙也華さん、 (手前)梅本綾也華さん
第1章:自然に身につけた「コミュニケーション」
バレーボールは、コンマ一秒の判断と連携が求められるスポーツです。音声のない世界で、彼女たちはどのようにしてあれほどスピーディーな連携を実現しているのでしょうか。
海野:試合を拝見して驚いたのは、音声に頼らず、手話やボディランゲージ、唇の動きなどで意思疎通してプレーするスタイルです。これはお二人がトレーニングで作り上げたものなのか、それとも自然に生み出していったものなのでしょうか?
綾也華:自然に身につけた、ですね。私は小さい時からデフバレーのチームに入っていたので、当然、普通に聞こえない人とコミュニケーションする方法は手話でした。ですので、時間が経つにつれて自然に身につけたということになりますね。
沙也華:私の場合は、両親も耳が聞こえませんので、両親が手話をしている様子を見て、自然に手話を身につけたという感じです。
海野:なるほど。ただ、日本代表となると他のメンバーもいらっしゃいますよね。お二人は双子で意思疎通がしやすい部分もあるかと思いますが、他の4名の方との連携に難しさはないのでしょうか?
綾也華:初めは伝わらないところもありました。全国各地から選手が来ますので、手話にもちょっと通じにくいというか……。なので、合宿をしました。月に1回か2回ぐらい集まって。 合宿というのは時間が非常に貴重ですので、その時間の中でみんなでコミュニケーションをたくさん取るようにしてきました。
海野:キャプテンとして、どのようなことを心がけていましたか?
綾也華:キャプテンになりましたので、自分の意思を伝えるだけではなくて、みんなの意思を受け止めるというか……そういうチームを作っていく必要がありますので、そういう心を心がけて取り組みました。
第2章:「居場所」と「音のないコート」
今でこそ世界の頂点に立った彼女たちですが、その道のりは平坦ではありませんでした。高校はバレーボールの名門・履正社高校、大学は京都産業大学と、強豪の「健常者チーム」の中で腕を磨いてきた経歴を持ちます。
海野:デフリンピックという大会を初めて知った時の印象や、そこへ懸ける想いを教えていただけますか?
綾也華:元々、親がデフリンピックに参加しておりましたので、DVDなどで見て興味を持っていました。自分の夢はやっぱり「オリンピック選手」になりたいというのがあったんですけど、それは聞こえる人の大会だったので……。聞こえない人でもオリンピックみたいになれる大会があるんだと知って、夢を作ってくれた大会だと思っています。
沙也華:私は中学校ぐらいの時に知ったと思うんですけど、日本だけではない、世界の試合ができる大きな舞台があるということで、夢を持つことができました。
海野:高校時代などは、いわゆる普通の健常者のチームでプレーされていたと伺っています。デフリンピックの環境との違いについて、何か気づいたことはありますか?
綾也華:聞こえる人の世界では、コミュニケーションは口の形とかで……手話ができる人はいないので。自分では、聞こえない人のチームの方が「自分の居場所」だと思いました。
沙也華:元々、口話(こうわ)は難しいので、聞こえる人とのコミュニケーションの方法は身振りとかになるんですけど、デフバレーボールだったら手話でスムーズにコミュニケーションが取れるし、自分らしくいられるので。やっぱりそれが違うなという風に思いました。
海野:デフリンピックには「プレー中は補聴器を外さなければならない」というルールがありますよね。これについてはどう感じていましたか?
沙也華:最初は不安もたくさんありました。でも合宿を何回も積み重ねていく中で、選手同士でコミュニケーションを取っていく中で……初めは音が聞こえなくてぶつかってしまうこともあったんですけど、今はもうスムーズになりました。
綾也華:基本的には補聴器をつけてプレーをしたいという気持ちはありましたけど、ルールですので。でも正直に言うと、補聴器をつけて、観客の皆さんの声援とか、そういうのを聞きたいっていうことが一番ありました。
第3章:「マスク」という壁と、誤解される日常
インタビューが進むにつれ、話題は競技から日常生活へと移りました。「やさしい社会」を実現するために、私たちは何を知っておくべきなのか。彼女たちの口から語られたのは、私たちが普段意識もしないような、ささいな、しかし切実な「誤解」の話でした。
海野:ここからは普段の生活について伺わせてください。周りの方と受け取っている情報が違うなと感じる瞬間や、誤解されやすい場面はありますか?
綾也華:例えば、マスクですね。マスクをして話しかけられたら……私は「耳が聞こえない」と言っているんですけど、相手の方は「聞こえにくいだけ」だと思って、マスクをしたまま大きい声で話しかけてくるんです。 そうじゃなくて、私としては口が見えないので分からないんだっていうこと。そういうところが、よく誤解をされることが多いなと思っています。
海野:ああ、なるほど……。音量ではなく、口の動きが見えないといけないんですね。
沙也華:あと、自分が言葉を発した時に、相手の受け止め方が違うことがあります。それと、相手の顔の表情ですね。普通の顔で話をしていれば分かるんですけど、怖い顔をしていたりすると、「怒ってるのかな?」と表情から捉えることが多いので、難しいなというところがあります。 だから自分の方も、受けた時に嫌な顔をしないように、できるだけ笑顔でコミュニケーションをするように心がけています。
海野:言葉が伝わりにくい分、表情からの情報はとても大切なんですね。他にも日常生活で「これは困る」というようなことはありますか?
綾也華:電車のアナウンスですね。急に止まった時とか、何かアナウンスされますけど、字幕がないですよね。だから自分は不安になります。「何が起こったか分からない」って。周りの様子を見るしかなくて。だから電車のそういうことについても、字幕をつけてほしいですね。
海野:病院の中などもそうかもしれませんね。ちなみに、聴覚に障害があることを知らせるマークなどはあるのでしょうか?
綾也華:「耳マーク」というのがあるにはあるんですけど、ないから自分で作ってつけている人はたくさんいます。タクシーに乗る時とか、「筆談をお願いします」とか。もっと統一したようなもので「これは聞こえないんだ」って分かるようなものがあれば、みんなが分かるようになるのかなと思っています。
第4章:伏見で働く喜び
現在、お二人はここ、モリタ製作所の製造現場で働いています。アスリートとしての顔だけでなく、社会人としての顔も持つ彼女たち。職場について尋ねると、二人の表情がパッと明るくなりました。
海野:お仕事をする上での楽しいことや、周りの方とのエピソードがあれば教えていただけますか?
綾也華:今の仕事は組み立ての仕事をしています。元々プラモデルを作るのが好きだったので、組み立ての仕事っていうのはとても楽しいんです。 職場の人たちもすごく優しいですし、簡単な手話――「おはよう」とか「お疲れ様」とか――は手話でやってくれますし、やりがいがある仕事だと思っています。
沙也華:私は、係長さんが女性の方なんですけど、その方にお願いされる時に……仕事をたくさん増やしてもらえると、嬉しくなります(笑)。「信頼されているんだ」って思えて、「早くやろう」って思えて、楽しくなります。
海野:仕事を任されることが喜びなんですね。最後に、社会に対して「こんな風だったらいいな」と思うことはありますか?
綾也華:いつかこの会社も、耳が聞こえない人がもっと増えたらいいなと。理解していただける会社になったらいいなと思っています。
沙也華:今、聞こえない人は私たち二人だけなので、もっと仲間がいるっていうように……聞こえない人でもたくさん来れるような会社になっていったら嬉しいなと思います。
第5章:【特別対談】竹中先生が語る「これからの共生社会」
ここで、洛和会ヘルスケアシステム理事長特別顧問の竹中洋先生にもお話を伺いました。長年、耳鼻咽喉科医として難聴の患者さんと向き合い、京都府立医科大学の学長も務められた竹中先生は、手話通訳を介して語られる彼女たちの言葉を、深く頷きながら聞いていました。
竹中洋先生(以下、竹中):僕も補聴器をつけているんです。僕は耳鼻科医で、55年ぐらい前に医者になった時は、先天的に耳が聞こえない小児難聴の診断と治療をするのが最初の仕事だったんですけど、自分はよく聞こえていたので、「聞こえることが普通だ」と思っていたんですね。 でも自分が年を取って聞こえなくなってくると、毎日をどういう風に生きていくか、どう社会貢献できるかが大事だと感じるようになりました。 彼女たちが京都産業大学などで、大変な苦労をしながらコミュニケーションをされた体験というのは、これから高齢者が増えて耳が聞こえない人が増えてくる社会で、例えば介護の現場で手話を使うとか、そういう時に大きなヒントになると思います。
海野:先生は、地域での部活動支援にも熱心に取り組まれていますが、お二人に期待することはありますか?
竹中:今、中学校や高校で指導者がいないという問題があります。洛和会でも指導者を派遣する支援を行っていますが、あなた方も、もしそういう機会があれば、バレーボールの指導に力を貸してもらうとかすると、山科や伏見の雰囲気が変わるんじゃないかな。お互いが自分の能力を社会のために出し合うということが必要だと思います。
海野:お二人は、将来「教える側」に回りたいという気持ちはありますか?
綾也華:はい。聞こえない子どもたちに……いえ、聞こえる・聞こえない関係なしに、バレーボールの選手になりたいという子どもたちに、将来育っていくように教えていきたいとは思っています。
沙也華:私も指導者になりたいとは思います。自分はデフバレーボールなので、聞こえる人にもデフバレーボールがあるっていうことを知ってもらう。その中で手話があるっていうことをみんなに伝えて、手話に興味を持ってもらえれば嬉しいなと思っています。
竹中:いいやん、それ。ぜひそういう方向で頑張って。
(左)梅本綾也華さん、(右)梅本沙也華さん
エピローグ:私たちにできる、小さな「やさしさ」
インタビューの最後に、地域の方々や読者の皆さんへのメッセージを頂きました。
海野:私たちは皆さんのことを分かるために、どんな努力をすればいいと思いますか?
綾也華:聞こえない人がいるっていうことを、みんな知ってもらいたいと思います。聞こえない人がいるっていうことを無視しないでほしいというか……困っていたら支援をしてほしい、助けてほしいです。
沙也華:デフスポーツの知名度を上げるために、私たちは一般の聞こえるバレーボールについても、一般の人にデフバレーボールについてももっと発信をしていきたいですし、デフスポーツの素晴らしさをもっとPRしていきたいと思います。
海野:今日はお二人のおかげで、「やさしい社会」へのヒントをたくさん頂きました。マスクをしていても口元を見せる配慮や、知ろうとすること。どれも明日から実践できることばかりです。
インタビュー終了後、会社の制服姿のまま「らくの助」を抱いて笑顔で写真撮影に応じるお二人。その姿は、世界の頂点に立ったアスリートの厳しさとはまた違う、等身大の働く女性そのものでした。 「配慮はしてほしいけれど、特別扱いはしなくていい」。彼女たちの言葉からは、障害を「個性」として受け入れ、社会の中で対等に生きていこうとする力強い意志を感じました。
言葉の壁、音の壁を越えて、心を通わせる。その第一歩は、私たちが彼女たちの方へ一歩踏み出し、その顔を見て微笑むことから始まるのかもしれません。洛和会はこれからも、彼女たちの挑戦を応援し続けるとともに、誰もが自分らしく輝ける「やさしい社会」の実現に向けて歩みを進めていきます。
(取材・文:『RAKU』編集長 海野 裕 / 協力:株式会社モリタ製作所)
Profile
梅本 綾也華(うめもと あやか)
株式会社モリタ製作所所属。デフバレーボール女子日本代表キャプテン。
ポジションはセッター対角。卓越したリーダーシップでチームを牽引する。
梅本 沙也華(うめもと さやか)
株式会社モリタ製作所所属。デフバレーボール女子日本代表エース。
力強いスパイクを武器に得点を量産するポイントゲッター。
竹中 洋(たけなか ひろし)
洛和会ヘルスケアシステム 理事長特別顧問、医学博士。
耳鼻咽喉科医としての長年の経験に加え、京都府立医科大学学長を歴任。
現在は地域医療と教育の発展に尽力している。
海野 裕(うみの ゆたか)
『RAKU』編集長 / 株式会社メディカルデザインクリエイト(MDC) 代表取締役社長。
洛和会ヘルスケアシステムの広報戦略を担い、「やさしい社会」の実現に向けた情報発信を行っている。
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