分断の時代だからこそ。洛和会が描く病院経営のこれから
2025.12.19
日本の医療は今、大きな岐路に立たされていると言われています。超高齢社会の到来による医療ニーズの変化、それに伴う診療報酬制度の揺らぎ、そして深刻化する医療従事者不足と後継者不在。全国の医療機関が疲弊し、地域医療という社会インフラの維持さえ危ぶまれる中、私たちは未来へ向けてどのような針路を取るべきなのか。
この難題に対し、私が理事長を務める「洛和会ヘルスケアシステム」では、大胆かつ先進的な改革に挑んでおり、AI時代の到来を見据えたICT・DX化、人事確保を目指した日本一の福利厚生策など、次々と新たな施策を打ち出しています。
しかし、「次世代病院経営」とは、単なる効率化や生き残りのための戦略ではありません。そこには、社会の変化を見据えた確固たる哲学と、地域社会の未来を担うという強い覚悟が必要です。業界の常識に挑み続ける私の考え、その課題感と目指すビジョンを詳しくお話ししたいと思います。
問題は“やり切ったか”どうか。業界の常識を覆す課題認識

医療崩壊の足音が聞こえる現代、業界が抱える課題について、私は極めて冷静かつ明確な視点を持っています。
医療業界が直面する課題は、第一に働き手の確保、職員不足です。これが業界的には一番の課題だと言えるでしょう。中には、診療報酬制度への対応の限界や後継者不足などに喘いでいる医療機関もありますが、正直に言うと、(そうした個別の問題で困っている病院に対しては)状況に対応できていない方にも問題があると捉えています。なぜなら、我々は代も替わりましたし、次の施策も打ってきた。診療報酬の改定に備え、変化に対応しながら生き残ってきました。実際に、全国の病院の7割が赤字だとしても、3割は黒字であるわけです。
つまりは、外部環境を嘆く前に、まず内部でやるべきことがあるはずということです。経営の成否を分けるのは、環境ではなく経営者自身の「覚悟」だと断言します。結局、成功と失敗の差は“やり切ったかどうか”なんですよ。うちが今までやってこれたのは、やり切ってきたから。「分かってはいるけど職員の反対があってできない」とか、「これまでのやり方があるから」と言っているようでは、もう無理なんです。国はずっと10年、15年前から「社会はこう変わるよ」とサインを出し続けてくれているんですから。
変化の兆候を読み取り、抵抗を恐れず、覚悟を持って断行する。その姿勢こそが、不確実な時代を乗り越える唯一の道であると、私は考えています。
テクノロジーを味方に。DXとAIで、人間本来の役割へ

私が推し進める改革の中核をなすのが、徹底したデジタル化です。そのビジョンは、もはや医療法人の枠を超えています。
これからは、全ての事業がIT企業のようにならなければいけないと思っています。DX(デジタルトランスフォーメーション)化の目的は、単なる業務効率化に留まりません。特に医療機関に関して言えば、「働き方そのものを変えるだけでなく、患者さんとのコミュニケーションのあり方を根底から変えること」が重要だと考えています。洛和会ヘルスケアシステムでは、全職員にMicrosoft 365を導入し、法人内のコミュニケーションは原則Teamsに移行しました。電話やメールより、基本はチャット。これだけで業務の進め方が全く変わってきます。電子カルテも、iPhoneでより使いやすくなるよう全面刷新しました。これも全て、その先にいる患者さんのため。介護施設の予約などもオンライン化し、情報の透明性を高めています。
そして、その先に見据えるのはAIの全面的な活用です。AIは、もはや特定の分野ではなく、全てに入ってくる。人間の“作業”は半分以下になり、本来やるべき業務、すなわち患者さんの心に寄り添い、直接向き合う時間に100%集中することを目指していく。医療の現場でも、診断支援から記録業務まで、あらゆる場面でAIが活用される。それはもう、固定電話がスマホに変わるのと同じくらい、当たり前の変化です。
なお、こうした先進的な取り組みに当グループが臆せず踏み切れる背景には、VHJ(Voluntary Hospitals of Japan)という民間病院グループでの密な情報共有があります。VHJの仲間たちの病院で実際に成功している事例、評判の良いものを原則として取り入れている。やみくもな理想ではなく、実績に基づいた判断だからこそ、トップとして「これでやる」と言い切れるんです。
テクノロジーは、人間の仕事を奪うものではありません。むしろ、人間が人間にしかできない、温もりのあるケアに集中するための時間を生み出すための、最強のパートナーと考えています。
変わらないためにあり続ける。守るものと、変えるもの。

目まぐるしい変化の時代において、組織は何を守り、何を変えるべきなのか。この普遍的な問いに対し、私の答えはシンプルです。
変えるべきことは、患者さんに直接関わる時間“以外”。これらは全てゼロを目指すべきです。カルテを書く、会議をする、そういった業務は限りなく減らしていく。一方で、変えてはいけないこと。それは、患者さんファーストであることです。病院は、患者さんのためだけにある。この一点に尽きます。
この考え方は、全ての経営判断の根幹をなしています。当グループの国内トップクラスと評していただくこともある福利厚生や働き方改革も、「職員のためであると同時に、その先にいる患者さんのため」という明確な目的があります。自分たちが働きやすいことが最終目標じゃない。この順番を間違えてはいけないんです。
だからこそ、私自身は何かを大きく変えているという感覚はありません。父が築いてきたものを、時代に合わせて微調整しているだけ。父だって、まだパソコンが使えない時代に、「これからはこれだ」と、京都で先駆けて紙のカルテを電子カルテに変えました。それに比べれば、今の私のやっていることなんて、パソコンがスマホに変わるくらいの、世の中の当たり前の変化に対応しているに過ぎません。
そして、病院経営において最も重要な使命は、“あり続ける”ことです。皆さんが求めているのは、明日もこの場所に病院が開いていること。24時間365日、いつでも救急を受け入れてくれるという安心感です。この当たり前を守り続けること。そのために、私たちは変わり続けなければならないんです。変わらない価値を守るために、変わり続ける覚悟。そこに、洛和会の強さの本質があるんです。
病院は街のハブになる。医療の枠を超えたインフラ創造

私が見据える未来像は、従来の「病院」の概念を大きく超えるものです。10年、20年先を考えると、病院が担うべき医療行為は減っていくでしょう。究極的には、手術室のような高度な機能以外は、在宅や他の施設でできるようになる。未病や予防医療が進めば、病院でしかできないことは限られていきます。
しかし、それは病院の役割の終焉を意味しません。むしろ、全く新しい役割の始まりだと捉えています。それは、地域の『コミュニティハブ』としての機能です。
その構想は具体的です。例えば、病院の敷地内にスーパーマーケットや役所の窓口機能を集約する。送迎さえあれば、そこで診察も買い物も行政手続きも完結する。生活に必要なものがワンストップで揃う場所になるんです。京都市が提唱する「新しい公共」、つまり官民が連携して社会を支えるという考え方において、病院こそがその中心的な役割を担うべきだと考えています。
当グループの「農業」への挑戦も、この未来像と深く結びついています。本業である医療・介護の収益が公定価格で頭打ちになる以上、経営を安定させるための新たな収益の柱は不可欠です。農業への挑戦は、健康を支える「食」という本業とのシナジーと、収益性を確立できる事業としての側面の、両輪で考えています。あくまで本業は医療・介護ですが、法人を支え、地域に貢献し続けるための新たな挑戦は必要不可欠です。
病院が医療を提供するだけの場所から、人々の暮らしそのものを支える社会インフラへと進化する。このビジョンは、地域社会の未来を明るく照らすことにも繋がると信じています。
命に携わる誇りを胸に。医療の未来を担う者たちへ

最後に、医療の未来を担う全ての人々へ、私の想いを伝えたいと思います。
私の役割は、組織の真ん中に立って、進むべき方向を示す旗を振ることだけです。その根本の方向は、「分断の時代だからこそ、優しい社会を目指す」ということ。これは間違っていないと確信しています。そして、その原動力は、職員や地域の方々から返ってくる感謝の気持ち。それがまた、外へ向かうエネルギーになる。感謝がエネルギーとなり、その力でまた社会に貢献していく。このポジティブな循環を回し続けることこそが、私の経営者としての原動力であり、やりがいの全てなんです。
その上で、医療に携わる全ての皆さんに伝えたい。どんなに時代が変わっても、私たちの「命に携わる仕事」は絶対になくなりません。だからこそ、私たちは胸を張って、誇りを持って、前向きに、明るく進み続けるべきです。
「病は気から」と言いますが、健康を提供する側の私たちが暗い顔をしていては、誰も元気にできません。法人のトップとしては、しんどい、大変だと言うのではなく、「こうすれば良くなる」と未来を語り続けるべきと考えています。まずは自分たちがポジティブでいること。それが、患者さんや利用者さんを元気にし、ひいては日本全体を元気にする。そう思って、皆で前向きに、明るくやっていきたいですね。
激動の時代にあって、未来を悲観するのではなく、自らの手で未来を創造していく。その揺るぎない覚悟と、人間への深い愛情こそが、洛和会ヘルスケアシステムを、そして日本の医療を次なるステージへと導く原動力になると信じています。
Profile
洛和会ヘルスケアシステム
理事⻑ 医師
⽮野裕典 Yusuke Yano
1981年⽣まれ、帝京⼤学医学部卒業後、臨床研修や介護の現場を経験。
2019年に洛和会副理事⻑、2022年に理事⻑に就任。「やさしい社会を創造する」を掲げ、病院・介護・保育・障害福祉を包括的に展開し、地域社会に根差したヘルスケア体制を推進。経営の透明性や現場⽬線を重視し、患者・利⽤者・職員が尊重し合う環境づくりに注⼒している。働き⽅改⾰や⼈材育成にも⼒を注ぎ、医療・福祉の持続可能なモデル構築を⽬指している。
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